元マニラ住人の青年のブログ

頭良くないし機転も利かない。でも夢の大きさは誰にも負けない。

(言い訳編) 渡嘉敷島の過疎から考える

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先日、『渡嘉敷島の過疎から考える』が「アゴラ」さん、次いで「BLOGOS」さんに掲載されましたが、反応を見ているうちに誤解を招いていることがわかったので、ここで「言い訳」としてもう一度渡嘉敷島について述べてみようと思います。

まず、記事中で私は「渡嘉敷島のコンテンツ作りが重要」と述べましたが、何も森林を破壊してホテルを建設しろ、等と言いたいのではありません。むしろその逆で、「非効率な開発などはせずに、自然に人が集まってくるように、魅力的な渡嘉敷島のコンテンツを活かそう」と言いたいのです。

表には出ていないだけで、渡嘉敷島には多くのコンテンツがあります。一歩森に入れば野鳥のさえずりが絶えること無く響き渡ります。また、海岸に行けば、白い砂が一面に広がったサンゴ礁の美しい海が眼前に広がってきます。まさに夏にはダイビングなど持って来いでしょう。

もちろんこれらは一例を挙げたまでで、他にも数えきれないほどの魅力がこの島にはあります。設備も整っていて、不自由することはありません。私は観光客として行ったまでなので、この島を語ろうなどとは思いませんが。

こうした魅力的なコンテンツがあるにもかかわらず、経済が循環していないのは残念なことです。確かに、観光客が押し寄せてしまえば、島の落ち着いた雰囲気は失われてしまうかもしれません。しかしながら、一度島が自立していけない状況になってしまうと、コンテンツを受け継ぐ人々がいなくなってしまい、島に魅力があるという事実が無きものにされてしまうからです。

島の人々の生活は第一に考える必要がありますが、現在の状況が深化してしまうと、島民の生活や自然資源など、もっと包括的な部分での破壊が起こってしまい、元も子もない事態が起こってしまうのです。あの美しい海・自然をいつまでも残していくためにも、島の得意分野を最大限に活かせるような活性化が望ましいでしょう。

ここまで渡嘉敷島に特化して述べてきましたが、これは日本の中の他の過疎地帯にも言えることだろうと思われます。その土地にはその土地なりの、他では絶対に味わえない魅力が必ずあることでしょう。それにもかかわらず、何らかの外的要因によって過疎化が起こり、コンテンツの継承者・宣伝役がいなくなってしまい、その土地は「なかったもの」にされてしまう。これは絶対にあってはならないことです。

と、ここまで偉そうに過疎について語ってきましたが、私は学者でもないし専門家でもなく、「活性化のためのTips」を提供するようなことはいたしません。とても難しい問題です。皆さんから何かご意見があれば、コメントフォームに書いていただければと思います。以上、丸投げの評論文を終わります。