TIME before 55

頭良くないし機転も利かない。でも夢の大きさは誰にも負けない。

「ズル」を哲学する

もう短期間の幸せを積み上げる時代は終わったんだよ。大量生産大量消費のような効率が悪く、負荷がかかるものにはサヨナラをする時代は到来したんだ。

そんな言葉が囁かれて久しいですが、なかなかそれが実行に移される時は到来しません。未だにコンビにはプラスチックの弁当箱を店頭に並べ続けているし、使い捨て用品は世の中にあふれている。彼らは本当に「やる気」があるのだろうか? そう疑問に思った事はありませんか?

こういった、なかなか社会構造が変化していかない現象の理由のひとつに「自分ひとりくらいがズルをしても全体には響かないだろう」と考える人間の悪い癖があります。

責任の所在が曖昧になる、規模の大きなものになればなるほど、それは拡大し自らの利益確保に動こうとします。例えば中国がアフリカの武装勢力に武器を密輸したり、ロシアがシリア政府に軍事援助をしていることもそのうちのひとつに挙げられるでしょう。それだけでなく途上国の環境の乱開発もそのうちに含まれます。

このように規模が大きくなればなるほど死角は増え、抜け穴は広がって行きます。そうなれば利益確保に動く勢力は拡大し、悪循環に陥っていきます。しかし、そういったズルは必ずしもいつどこの環境でも起こる訳ではなく、統制・自律が行われていない所で頻発するのです。

例えば震災後の買い占め。日本では東日本大震災が起きた後にも店が襲われたりレイプ事件が多く起こらなかったため、世界から高く評価を受けましたが、実際には商店に人が長蛇の列を作り、必要以上に水や食料品を買いあさり、本当にそれを必要としている人の生活を追いやった現実がありました。

確かに海外で見られるような火事場泥棒的な暴動が起こらなかったのは不幸中の幸いだったのかもしれませんが、地震の影響を直接的に受けない地域が多かった関東近郊でそういったことのは恥ずべきことなのです。

東北で起こった震災でもあそこまで日本人はパニックに陥ったのだから、直下型の地震が起こったらいったいどうなるのか。不安でなりません。それだけでなく、彼ら彼女らとか偉人がどれだけ道徳心の欠けているかをこの目で見て悲しくもなりました。そしてもうすぐ2年経とうとしているのに、反省すらされていない。これは大問題なのです。

ここで重要なのは、目先のことに捕われずに長期的な視野で物事を見る必要があるということです。そして同時に周囲を見渡して、自分の行動が迷惑をかけていないか気を配ってみる。


都心で電車に乗っていると、そういった常識的なことすらできていない人は本当に沢山います。そういった人は地震が起こった時に我先に行動し、周囲を巻き込み、やがてそれは二次災害にまで発展して行きます。

本来は起こる筈の無かった事が一部の人間のために発生してしまう。これは会ってはならない事です。それを防ぐためにも、小学校で習ったような団体行動が行われるべきなのでしょう。

それこそまさにマスメディアがひたすら喧伝した「絆」が試される時なのでしょう。まあ、そんな言葉がまやかしに過ぎない事は、震災後のスーパーの棚を見ればすぐに分かる事でしたが。