元マニラ住人の青年のブログ

頭良くないし機転も利かない。でも夢の大きさは誰にも負けない。

「反原発」よりすべきこと #原発

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先日、経産省前の「テントひろば」に行って来ました。フリージャーナリストの田中龍作さんが報道していたことをきっかけに知ったのですが、思っていたよりも規模は小さめでした。

夜になれば多くの人がつめかけ、経産省ビルに向かって拡声器を用いてシュプレヒコールをあげます。その様子は岩上安身さんのUstreamでも生中継され、山本太郎さんも参加しています。

今日行ったのは昼間でしたが、経産省ビルの前では一人の男性が拡声器でメモを見ながら、ビルに向かって反原発を訴えていました。訴えるとはいっても「お前ら事故を起こしたじゃないか!この気違い!アホ!」などと怒号をあげ、見るに耐えない光景でした。

「テントひろば」は見方を変えれば、「反原発勢力の中心地」との誤解をしかねませんが、実際に行ってみると、印象ががらりと変わります。昼間にもかかわらず、ほとんど人々は関心を示していないのです。

もちろん、霞ヶ関の人々は多くが政府関係者ですから、話を聞いていればそれはそれでまずいのかもしれませんし、それ以前に彼らは勤務中ですから、関心を示す人は少ないです。

しかし、反原発活動家が数十人規模で常駐してビラを配っているというイメージがどうしても「テント」にあったので、あまりの人の少なさに愕然としました。

反原発デモの映像を見ていると、40年前の安保闘争を重ねてみてしまう人もいらっしゃるかもしれませんが、実際に行ってみると全く違うことがわかります。

確かに、彼らとしては長く居座ることで、頑固さを見せつけて、市民がどれだけ反原発に執着しているかを経産省に見せつけたいのかもしれない。でも、それが実際に効果を発揮しているのかというと、それは未知数です。

彼らは、居座ることでどれだけの効果があるのかを計算尽くした結果、あの行動をとっているのかもしれません。しかし、それが直接あるいは間接的に国民全体の世論形成に効力を発揮しうるのか。彼らの自己満足で終わってはいないのか。

こういったことを言うと、「失礼だ」とか「冷たい」などと反論される方もいるかもしれませんね。しかし現実を考えてみてください。40年前、あれだけの人々がデモをしたのに、樺美智子さんが亡くなって世論が動かされたのに、結局は新安保は成立しました。

正直に言っておきましょう。ここまで言っておいてかなり無責任ですが、現在の私に代替案は思い浮かびません。

だからといって、政府に無批判でいろ、というわけでもありません。世論喚起の意味でのデモや活動は大いに意味があると言えます。

そして世論喚起が成功すれば、選挙の結果が大きく変わるでしょう。

東大出身者で固められた原子力ムラの腐敗ぶりももちろん原発事故の重大なファクターであることに変わりはありませんが、国民が票を投じる時点でそこに気がついていれば事故の規模は抑えられたかもしれない。そう思います。

原発事故の責任があたかも原子力ムラとマスメディアだけにあるかのように信じこむことで、自分たち(国民)の責任を転嫁したくなっているのかもしれないとも考えてしまいます。

原発再稼働反対運動ももちろん必要ですが、それ以前に政治に積極的に関わろうとする意欲が必要です。いくら政治家が嫌だとしても、自分たちの身を守るだけのことは最低限する必要がある。好きな政治家がいなくても、「嫌な政治家には投票しない」くらいの心意気が必要です。

ですから、「原発再稼働反対」と同時に、「参政権放棄反対」もセットで主張していくべきでしょう。本気で自分たちの主張を押し通したいならね。

だって消費税増税案だってそうじゃない。民主党自民党増税には反対していない勢力なんだから、可能性としてはゼロではなかった。でもそこに投票したんだから。

民主党に投票していたってことは覚悟していたんでしょ? マニフェストはもちろん読んだよね? 経歴は確認したよね? それをわかっていながら投票したんだよね? まさか・・・・・・

民主党に多くの国民が投票していながら、世論調査にかけると増税支持率がこういう状態(http://see.sc/cblw7s)になってしまうのは 、選挙に無関心であるために、よく吟味していなかった有権者が多かったことをよく物語っています。

こういうパターンの過ちをこの国はどれだけ繰り返してきたことか。そろそろ懲りたらどうですか?