元マニラ住人の青年のブログ

頭良くないし機転も利かない。でも夢の大きさは誰にも負けない。

「意識の高さ」じゃない、大事なのは結果だ。

Students

こんにちは。

以前、「学生意識の高さ」についての記事を書いたところ、イケダハヤトさんのブログ『ihayato.書店』に寄稿されていた牧田凌平さん (@abri_mr) から反応を頂きました。そしてこの度、牧田さんご本人からお会いしたいとの旨のご連絡を頂いたので、ご本人に改めてお伝えする意味も込めて、このことについて考えてみようと思います。


最初にお断りしておくと、この言葉を私は好きではありません。意識が高いかどうかは本人にも他人にもわからないからです。本当に意識が高い人は自分がそういう人だとは思っていません。むしろアタリマエのことだと思って各自の活動をしています。


一方で他人のことを「意識が高い」という人はその人の行動が何をもたらすか・本人が何を意図して活動しているのかを無視して述べていることが多いからです。

つまり意識が高いかどうかは誰にもわからないのです。その人が本当に有意義な活動をしているかは結果のみが教えてくれるのです。それが数年後になるのか数十年後になるのかは誰にもわかりません。その意識を持ち続けた人のみが結果を出すのです。

ですから成果を出して初めて「君は意識が高”かった”」といわれるのです。現在形では言われないのです。学生が本当に意識が高いかどうかは学生のうちに分かる人は極めて限られています。それは結果を出した人のみに当てはまるからです。

もちろん親しい友だちや家族であれば、その人の意識やモチベーションがよくわかることでしょう。しかしそうでない人々が他人の意識について述べるのは少し見当違いな気がしますし、それが相応しい文脈で言われた所でその人の本当の心を言い当てているとは限らないのです。

私は努力途上の人も当然素晴らしいとは思いますが、その人が本当の結果を出すまではその人がどれだけの意識をもって行動をしているのかは誰にもわかりません。自分でもどれだけのモチベーションがあるのかわかっていない人もいるはずです。


では本題に入りましょう。

学生のうちにNGOや学生団体に入って活動をしたりインターン生として社会経験を積むのは、しないよりは遥かに有意義です。これは確実です。なぜならアルバイトや飲み会で時間を潰している学生より圧倒的な社会経験と多くの人々に会うことができるからです。これは私の経験上言えることです。

しかし私は必ずしも「活動」をしているからといってその学生が素晴らしいとは言いたくはありません。これは先の記事では言及していない箇所だったので詳しく書いていこうと思います。

私はいくつかの団体で多くの学生に出会いながら、様々なタイプの学生を見てきました。彼等は世間一般に言われるところの「意識高い系」です。国際協力系の学生を中心として出会ってきたので偏っていることもあるかもしれませんが、ひとつの指標にはなると思うのでご紹介したいと思います。

彼らの中には自分が世間から賞賛されることに満足し、本来の国際協力のすべきことに注力できていない人もいます。国際協力は主に発展途上国に対して貧困・社会問題などの解決のために支援をすることで、多くの学生団体やNGOがこの活動に関わっています。具体的には募金活動や支援コンサルタントの斡旋、教育支援などが主なものです。

支援・援助なのですから、現地の人々が直面する問題を解決し彼らが理想とする方向へ進んでいくための手伝いをすることが国際協力の趣旨というものです。ですから支援者(つまりここでいうところの学生)が、活動をしている自分に酔うために支援をするようなあり方ではいけないわけです。

しかしそれが当たり前のように行われているのが学生の国際協力の世界です。「大学生なんだから楽しめばいいじゃないか」「楽しまないで援助なんてできない」と言って、自分の満足のために活動をしている学生が本当に多く見受けられます。

確かに楽しまなければモチベーションは上がりませんし、活動を続けていくことは難しいでしょう。それが活動の結果として付随してくるものならばそれはもっともなことです。活動を楽しいと思わないでどうしてできるでしょうか?

しかし多くの学生は楽しむことが結果ではなく目的となっているのです。つまり精神的充足を得たいから活動をしている人が多いのです。これでは誰のために援助をしているのかわかりません。途上国の社会問題を自己満足のために使うなどもっての外です。

勿論こういった人々は全てではありませんが、実際にはかなり多いとここで断言しておこうと思います。やり方に関しては多く意見があるところだとは思いますが、それは筋違いなのではないかとここでいわせて頂こうと思います。

ですから、必ずしも活動をすることが良いとは限らないのです、自分のキャリアのために・満足したいから、活動をしている学生を見ている僕にとって「活動をすることが絶対に良い」と断言することはできません。僕が言いたかったのはそういうことです。

ですからそのように自己満足で終わっているような活動になるよりはアルバイトや部活動で人脈を広げた方が却って良い結果になるような人も多くいると思うのです。私はアルバイトや部活動を否定したくはありません。活動と同様にそれらもまた貴重な社会と接する場であるからです。


しかし、自己満足で終わっても最終的に社会のためになれば否定出来ないと言う人もいるかもしれません。あるいはアルバイトや部活動よりもキャリアのためになるのだから良いではないかと考えるひともいるでしょう。

ではそういう方に私は問いたい。自己満足で続けるような活動が本当にその人のキャリアになっているのか。社会に役だっているのか。そういう人は自分のこと・活動を考えているだけで、社会のこと・周りのことを考えていないも同然です。そしてそういった人の活動は社会に影響を与えているでしょうか?本当に精力的に活動できているのでしょうか?

ですから、活動をしているか・していないか以上に、その人の心の中がどうなっているのかを考えていくのがふさわしいと思います。