元マニラ住人の青年のブログ

頭良くないし機転も利かない。でも夢の大きさは誰にも負けない。

「頑張れ日本」は誰に向けられていたか

津波が残したもの

震災後、メディアを始めとして「頑張れ日本」が数多く叫ばれ、日本中が連帯して震災に立ち向かうんだという雰囲気が作られようとしていた。最初はその言葉によって多くの人々が勇気づけられたと評価する人々もいたが、次第に「被災者に頑張れと言うのは努力を強要しているのでは」「頑張れと言うのは失礼ではないか」という声も出始めた。そして今なおその議論は静かに続いている。

しかしここで今一度よく考えてみたい。「頑張れ日本」が被災者に向けられたかどうかは置いておいて、まず立ち上がるのは被災地域にない人々の役目なのではないかと思う。震災から2年経った今の時点でこれを言うのは時期はずれという人もいるかもしれないが、今尚現地は支援を欲しているし、決して収束した状況にはない。

それに3月11日の記事に書いたように、仮に復興が完全になされたとしても、その後経済的な恩恵を被災者/被災地が継続的に受けられるのかどうかすらわからない。では誰が被災者に生活再建のための一歩を手伝えるのか?それは被災を免れた地域にいる人々ではないだろうか?

私も東京にいて震災の影響を受けなかった人々のうちのひとりだ。昨年夏には宮城県石巻市に復興支援に入ったが、まだまだ支援は必要だし自分の中でも支援をしたという実感は全くないままだ。実際に被災地に入るとそれがよくわかると思う。私だって短い間石巻にいただけだから偉そうなことを言う筋合いはないけれども、まだまだ支援の不足は感じる。しかも多くのボランティア団体は引き上げてしまい、今残っているのは数少ない。

さらにそういったボランティア団体の資金源である企業からの協賛もあまり取れなくなっている状況にあり、団体としても支援したくてもできない状況にあるのだ。被災地自体への支援も必要だが、団体への支援も同様に喫緊の課題となっているのは目に見えている。そういった状況にある中で、誰が救いの手を差し伸べることができるかというと、それは被災地以外の人々ではないだろうか?「がんばろう」の言葉が向けられたのはそういった人々ではなかったのか。

▼震災直後にボランティア活動を長期にわたって行った方による本。震災直後の現地の様子について詳しく書かれています。支援に行った人もまだの人にもオススメ。