元マニラ住人の青年のブログ

頭良くないし機転も利かない。でも夢の大きさは誰にも負けない。

【Op-Ed】 『反原発を訴えるだけが客観報道ではない』 #原発

Doel, kerncentrale met molen. Nuclear plant with windmill

このサイト上だけでなく、「アゴラ」「BLOGOS」でも掲載された記事『反原発を訴えるだけが客観報道ではない』に対するコメントをOp-Ed的にまとめてみました。
Op-Edについてはこちらを参照

日本の新聞社は社説などで自社の意見を主張することにはもっと積極的でよいと思います。一方、紙面としてはおっしゃるような推進派と反対派の意見を比較するような客観性がもっとほしいと思います。客観報道みたいな顔をして一面的な報道しかしていないことがもっとも困ったことです。日本の新聞が客観報道と自称するのは本当にそう思ってるなら情け無いことだし、そう思わないで言っているなら一種の犯罪です。

>>以上、「アゴラ」より引用

原発にとって不都合な隠されていた数字が次々表面化している。
原発が安価なエネルギーだと喧伝されていたことなど最たる例)
まずはブラックボックスだった情報を全部白日の下にさらすことが必要だ。
議論の大前提に疑惑があるようでは、何を言っても意味が無い。

日本の大手マスコミに「客観報道」という考え方はなく、むしろ、「社会の木鐸」という考え方が支配していると思います。

例えば、日本の新聞やテレビが、Newsweekのような両論併記の形で報道したとたんに、クレームを浴びせる読者・視聴者がいると思います。彼らにとって、両論併記は「不安」の始まりだからです。彼らは大手マスコミに「社会の木鐸」という役目を求めています。その結果が第二の太平洋戦争であっても、懲りない面々なのだと思います。

一方、客観報道は自立した読者・視聴者のための報道姿勢と思います。新聞・テレビは営利企業である必然性から、いずれの姿勢を重視すれば儲かるのかを勘案せざるを得ないのだと思います。

スポンサーの意向に左右されるのは、ある程度仕方がないことなのでしょう。
ただ、報道と名が付く以上、両論併記した上で「社会の木鐸」たる姿勢を示していただきたいものですよね。
マスコミの今のやり方は、結果的に非常に巧妙な情報操作になっているのではないでしょうか。
結果的にとしたのは、単にマスコミの劣化、能力不足が原因ではないかと見えることもあるからです。

東電をはじめとする原発推進側の情報開示が充分になされていない現状では、その時点で
中立的な報道自体に無理があります。
隠された情報の中には、原子力発電に関する不利なデータがあるのは事実です。

中立な報道を主張されるなら、まず、この情報隠蔽の姿勢を糾弾することが先決でしょう。

また、本来なら既に次の主力エネルギーについて論じられている段階で、未だに原発稼働
の賛否を問うようなエネルギー政策全体の足を引っ張るような姿勢にも大いに疑問を感じ
ます。

既に、脱原発方向に行くことを認めているのなら、今後原子力発電をどうするかは全体の
エネルギー政策の一部分として論議されるのが当然です。

また、情報がない或いは、計画中で具体的ではないとの理由でバックエンドを含めた原発
のコスト論がありません。原発建屋の貯蔵プールにしろ5年で収容容量を超えます。

原発推進をする方は「今」経済がとか電力量がとかいいますが、では、今後5年間のスケ
ジュールをと言った具体性が何もありませんね。

エネルギー政策は「今」どうするかではありません。短・中・長期で論じることが必須の
案件です。

原発賛成派」の主張は、国会報道、政治報道という形でさんざん流れてると思うのでそんな配慮しなくてもいいんじゃないかな。

つまりバランスというのは、
(1)そのページ内、その記事内でバランスが取れている
(2)報道全体としてバランスが取れている

があるてことですよね。で坂田氏は今回の記事では(1)を言ってるんでしょうか。
でも(2)の形でバランスが取れてることもありうるわけですよね。たとえば自民党政府はブッシュのイラク戦争に賛成しました。それをニュースとして報じるだけで戦争賛成派に紙面を割り振ってることになるわけです。すると個別の記事では戦争反対派に比重を置いても、全体としてはバランスが取れてるとみることもできるわけですね。

原発も似たようなものかもしれません。

放射能による死者はいないのに福島の原発事故で1万人くらい日本人が死んだのか?と在日外国人が不思議がるほど日本の報道と世論操作は異常です。明らかになんらかの意図を持った宣伝工作活動でしょう。一方で東電原発技術者が中国等にヘッドハンティングされています。これだけ政治的にナイーブで臆病で無責任な国民の行く末が案じられます。きっとチベットのような国になってしまうのでしょうか。反原発派の連中の無責任な言動がどれだけ日本の国益を損ねているか、後になってからわかってしまっても、もう手遅れなんですけどね。まあその程度の知能しかなかった国民の哀れな末路として享受するしかないのでしょうか。

マスコミも商売ですので、大衆が関心を持つ事しか取り上げないでしょう。原子力が安全と言っても見向きもしないので、如何に危険か大衆受けするように報道するのです。

この流れで、不安を煽る学者は信頼され、正論を論じる学者は御用学者と切り捨てられているのが現状です。

原発はテロ対策で取材制限もあり、この辺りを説明もしないで、隠ぺいしていると片づけて終わってしまうのです。

>>以上、「BLOGOS」より引用