TIME before 55

頭良くないし機転も利かない。でも夢の大きさは誰にも負けない。

なぜ今「女子教育」なのか?

Matunduzi School, Girls Education Support Initiative, Malawi 2012 (IM/Creccom partner initiative, Photo: Erik Törner)

日本では戦後平和憲法によって男女平等が謳われ、男女雇用機会均等法男女共同参画社会基本法によって制度上は男女の平等の仕組みが整えられました。しかしながらまだ賃金格差や昇進に男女の不平等が著しく見られるのは事実ですが、教育においては改善されています。

しかし多くの発展途上国では未だにジェンダー平等が図られず、社会的にも女性が男性よりも下だと見なされているために教育をまともに受けられない女の子が多くいます。

お金があれば女の子も学校に通うことができるのですが、日本のように義務教育であっても制服や教科書のためのお金を払うことができないために男の子への教育が優先されて女の子が後回しにされることが一般的です。

そのため学校の通うことができなくなった女の子は家事労働に従事することになり、文字を習う機会を奪われることになります。それだけでなく社会的な常識や性に関する知識が得られなくなるために犯罪や病気、人身売買に巻き込まれやすくなります。

このように女の子に教育が施されないことで成人してからも社会進出ができず能力を発揮する機会を奪われることになります。それによって社会全体の発展が遅れ、社会全体がいつまで経っても貧困から脱することができないという悪循環に陥ることになります。

これは決して一部の国の事例ではありません。私達日本人の社会では数十年前まで一般的に起こっていたことですが、今はもう信じることすらできません。そのためこの問題を現実のものとして捉えることができず、本の中の物語としてしか認識できないのです。

それだけではありません。社会全体の関心の低さが手伝ってこの問題への取組が適切になされないことも多々あります。テロや戦争のように非日常的なことはニュースで報道されることがありますが、女子の人身売買や暴力は常に起こっている「変化のない」ことなので新聞やテレビでは取り上げられることはありません。ネットメディアですらも取り上げることは多くありません。

こうした社会全体の無関心が世界の女の子への人権侵害を加速化させている一要因でもあるのです。こうした途上国の社会を貧困から脱却され、ひとりでも多くの子どもが苦しむことのないようにするために子ども、特に女の子へ教育が推進される必要があるのです。

Because I am a Girl――わたしは女の子だから
by カエレバ