TIME before 55

頭良くないし機転も利かない。でも夢の大きさは誰にも負けない。

アウンサンスーチーの人生を描いた映画『The Lady』を観ました

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ビルマ(ミャンマー)の民主化指導者・アウンサンスーチー氏 / Aung San Suu Kyi を描いた映画『The Lady ~引き裂かれた愛~』を鑑賞しました。現在上映はされていませんが、TSUTAYAでレンタルが可能です。

アウンサンスーチーはビルマ建国の父と呼ばれるアウンサン将軍 Aung San の娘で、現在は民主化を推し進める指導者的存在としてビルマ人に愛されています。役職としては国民民主連盟(NLD)の書記長をしていて、15年に渡る自宅軟禁を経て来日も果たしました

この映画はアウンサンスーチーが結婚後、イギリスから母の療養のためにビルマに戻った後のことを描いています。彼女がビルマに戻った1988年はビルマにとっては激動の年でした。当時の軍事政権が国民を弾圧し、反政府デモが頻発するようになっていました。多くの死傷者が発生し、国際社会にも大いに非難されていました。この時の様子は劇中でも再現されています。

この時にアウンサンスーチーは国内状況の悪さを目の当たりにし、後に政治家への立候補を決意するようになります。しかし元々アウンサンスーチー一家はイギリスに住んでいたわけですから、家族は定期的にイギリスに帰らねばなりません。ビルマ国籍の彼女はビルマに残り政治活動を続けることになります。

そしてその活動が世界に注目され、1991年にアウンサンスーチーはノーベル平和賞を受賞します。本来はアウンサンスーチーはイギリスに戻って受賞式に出席することを希望していましたが、そうはいきませんでした。それはアウンサンスーチーが一度ビルマから国外に出ることで、軍事政権が彼女を入国させないようにさせる可能性があったからです。

入国させなければそれ以上の民主化に向けた政治活動はできなくなるためです。国際的な軍事政権への非難に合わせて国内からの反発も大きくなりやすくなるため、アウンサンスーチーの存在を最も警戒していた軍事政権はそのような措置を取る可能性が十分にあったのです。

そのため帰りたくても国内政治を優先させたいアウンサンスーチーはイギリスへ帰らず、ビルマで活動を続けることになりました。

そうしているうちに夫であるマイケル・アリス氏 Michael Alice はガンが見つかり療養を余儀なくされます。この時もアウンサンスーチーはイギリスへの出国が叶うことはありませんでした。そのため彼女はマイケルのことを愛し続けながらもビルマ国内の政治改革を目指すことを選びました。

そして月日は経ち、とうとう看取ることもできずにマイケルは亡くなります。アウンサンスーチーは当然ビルマにとどまらざるを得ず、何もできないままでした。

この映画ではそれだけでなく、ビルマ軍政による残忍な人権侵害の有様も描いています。軍政は反体制的な活動をしたものを政治囚として刑務所に入れたり拷問をはじめとした暴力を繰り返しました。言論の自由は著しく制限され、自由に物が言えない状況でした。

また政府軍も地元住民に暴力を振るったり強制労働に課すことが多くありました。少数民族に対する弾圧も未だに終わっていません。

国際社会はビルマが「民主化を達成した」として歓迎ムードを見せていますが、実際には人権侵害が継続している状況にあります。この事実をもっと多くの人は知るべきでしょう。