元マニラ住人の青年のブログ

頭良くないし機転も利かない。でも夢の大きさは誰にも負けない。

デリー・ニューデリー とは何なのか

Delhi, New Delhi

先日、学生団体のスタディ・ツアーでインドに行って参りました。インドといえば映画「スラムドッグ$ミリオネア」を思い浮かべる方もいるかもしれませんが、格差社会といわれる国インドで、貧困がどのような形で現れているのかにとても興味がありました。

インドには日本のように国際便が発着している空港はいくつもなく、デリーにあるガンディー空港しか発着はできません。ですのでインドに入国するときには必然的にデリーに降りなければいけません。ですので初日と最終日はデリーを回ろうということになり、観光も兼ねて散策をすることになりました。


入国手続きを済ませ、ガンディー空港に降り立ちました。そして最初に感じたのは空気が汚いこと。流石北京の2倍の汚さとはよく言ったもので、まるでダンプカーの真後ろを歩いているように感じるほど、常に排気ガスの存在を感じます。ちなみにデリーは世界の主要都市の中で一番緑が多い所だそうで、それを理由に排気ガス対策をしていないの?と勘ぐってしまいたくなります。

そんな排気ガスが充満するデリーを歩いていると、まず目につくのがゴミ。デリーはインドの首都ですが、同じ首都である東京とは比べ物にならないくらいゴミの数が多いのです。道を歩いていてゴミが視界に入ってこない場所はないんじゃないかというくらいにすごい数のゴミがポイ捨てされています。

そして何よりもスラムコミュニティの多さ。これが自分の中で一番の衝撃と言っても過言ではないでしょう。少し歩けば探さなくても木の骨組みで作り布で屋根を葺いてある手作りの家屋を至る所で目にします。嵐でもくれば途端に壊れてしまいそうな住居とも呼べないようなものに住む彼ら彼女らは建設用の資材が残った場所やゴミの集積所の近くに居を構えています。

私達日本人が家と呼ぶような家には住んでいないわけですから貧しいのは当然なのですが、彼ら彼女らは決して現状に俯くこと無く笑顔で生きている印象を受けました。もちろん私達はヒンドゥー語を話したわけではありませんし、交流とはいっても「旅の指差し会話帳」でお互いのことを言っただけですからそこだけから彼らの考えを汲み取ることは難しいですが、とても明るく生きていたのはよくわかりました。。

もちろんお金があることが全てだとは思いません。お金がなくても信頼できる仲間がひとりでもいれば人間幸せなものです。しかしそうはいっても、もし自分が衣食住の十分にない環境に住まわされることになったら、心に余裕を作ることすら難しくなるでしょう。先進国という「温室」で育った我々にとってそういった環境で生きていくのは簡単なことではありません。

しかしスラムコミュニティの人々はそのような衣食住が事足りていない中でも笑顔で暮らしていました。もちろん毎日が死と隣り合わせのような不衛生な環境ですから、家族の中でも亡くなった人はいるでしょうし完全に健康な人は多くはないかもしれません。それでも笑顔で外国人に接するだけの精神的な豊かさを彼らは持っていました。

経済的な豊かさが無い彼らは代わりに精神的な豊かさを持つことで自らの人生を生き抜いていたのだと思います。私のように東京という世界の中でも随一の大都会に住んでいると、ついお金を持つことが全てであるかのような錯覚に陥りそうになります。六本木や新宿のような摩天楼を眺めると、彼らが日本の中の富をどれだけ握っているのだろうと羨ましくなることもあります。しかしスラムコミュニティの人々を見てそれは完全な間違いであることを今一度意識することになりました。

また都会のような人が集まり常にセカセカしているような窮屈な社会にいると、つい自分が得をすることばかり考えてしまいます。いくら自律的な人でも気を抜いていれば、都会の空気には揉まれてしまいます。インドのような場所に住めばいいとは言いませんが、時間に追われるような世界から一歩足を踏み出して外界に出てみる事で、私は都会での生活を違った視点で見ることができるようになりました。。昨年に沖縄本島西部の慶良間諸島にある渡嘉敷島に行った時にも同様の感覚を覚えました。

だから常に「何かしなければいけない」という心に負担を掛け続けるような都市にいるよりも、社会インフラは十分でなくても人と人とが緩やかに繋がっていられるような社会の方が優れていると思うのです。そして忙しいことが良しとされるような社会の構造はどこか奇妙なのではないかと感じます。「しなければいけないこと」に忙殺されて、大切な時間を仲間と共有できないことが良いことなのでしょうか?

ここまで述べてきたようにインドには「セカセカ」感がないと述べてきました。しかしここであるひとつの矛盾点に突き当たるのです。不思議なことに、彼らには「のんびり」がないのです。それは都会ではなく田舎に行っても当てはまるのです。セカセカしているわけではないけれど、決して安穏と生活しているわけではなく、何かを常に意識しているのです。

確かにデリー・東京両方の人々は「自分にはしなければならないことがある」といったような顔をしてはいます。決して暇そうな様子ではない。しかしインドの都会人は決して追い立てられているかのような様子ではないのです。東京の人々は老いも若きも切迫感のようなものに駆られて電車に乗り建物と建物の間をセカセカと歩いています。その表情に余裕の「よ」の字も伺えないほどにまでです。まるで少しちょっかいを出そうものならキレてきそうなくらいに。

でもインドでは表面的には急いでいても、心の中まではそれに支配されずに、自分のやり方を守っているように見えました。それが日本とインドの違いなのかなという気もします。このように矛盾と不思議な事柄が交錯するアジアの大国・インドはまだまだ知らなければならないことが沢山ありそうです。


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