元マニラ住人の青年のブログ

頭良くないし機転も利かない。でも夢の大きさは誰にも負けない。

ビルマ情勢から見えてきた「日本の、これから」 (2)

Free Burma Protest, London, Oct 6 - VII

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もうひとつ、在日ビルマ人の方から伺った話を付け加えておきます。

それは、ビルマ人は国と政府を別に考えているが、日本人は同一視しているということです。つまり、彼らは国を愛する気持ちと政府に逆らう気持ちは別だと考えているのです。


ビルマ人は軍事政権に抑圧されながらも民主化活動を推し進めています。国際社会による経済制裁もその賜物と言えそうですが、ひとつ言えることは彼らはビルマという国を愛しているということです。

日本人は愛国心があまりないと言われています。歴史的に見て外敵からの侵入が少なかったが故に、我々は日本という国に当たり前のように住んでいます。

愛国心が希薄であることは世界から見れば不自然なことかもしれませんが、仕方のない事かもしれません。しかし、政治が悪いからといって見捨てるのは別の話です。

見捨てることによって現実逃避はできます。政治が悪くなればなるほど人々はそれに走ります。その結果、投票率が7割行けば万々歳、という現実が出来上がるのです。しかし長期的に見ればそれはせっかく保証されている参政権を放棄することで、とんでもないことなのです。

日本が外敵から侵入されず平和であることが我々にとって「当たり前」であるように、参政権があることも「当たり前」になっています。しかし世界を見渡せば公正・公平な投票権が与えられていることは本当にありがたいことだとよくわかります。

話を元に戻します。ビルマ人は愛国心そのものから民主化活動をしてはいないのかもしれません。ただ単に自分たちの生活をよくしたいという心が彼らを突き動かしているのでしょう。

しかし、我々日本人は「政治が悪い。日本はダメな国だ」という声を本当によく耳にします。TVからではなく、友人や街角でです。「政治が悪い=国が悪い」という図式がどのようなプロセスを経たら編み出されるのか僕にはよくわかりませんが、とにかくそういう構図になっているのです。

確かに、政治の悪さを創りだすのは国民です。なぜなら民主国家では国民が代議員を生み出し、政府を作り、政治が出来上がっていくのですから。

しかし、だからといって国そのものの「質」を国民の政治的リテラシーで測ることは不可能です。国を形作るものは政治思想だけではありません。文化、民族、気候、歴史など様々なファクターが重なりあって出来上がっているのです。

このように考えていくと、日本がどれだけ滑稽に政治に向き合っているかがよくわかります。