元マニラ住人の青年のブログ

頭良くないし機転も利かない。でも夢の大きさは誰にも負けない。

ボクがフィリピンのホストファミリーと知り合った奇妙なキッカケ

私はフィリピンの首都マニラのお友達の家にホームステイという形でお世話になりながら2014年10月末から暮らしています。現在は大学を休学中で、ホストファミリーのビジネスを一緒にやりながら暮らしています。


ビザの形態としてはTourist Visa(観光ビザ)を延長して滞在しています。最初の入国の際にはビザは不要で1ヶ月滞在できますが、その後は最大2ヶ月の延長が可能で、連続16ヶ月の滞在が可能になっています。ホームステイをしている家族とは英語で話しています。
語学留学をしたことはありませんが、昨年のアジア旅の時には英語をよく話していたので、自分の中で英語が自然と身についていました。よってここフィリピンでも語学学校に通うなどの形での留学は行わず、ただホストファミリーとのコミュニケーションのみで英語力を高めていきました。

一般的にホストファミリーの家に住むには留学の代理店(agency)などを通して知り合うケースが多いようです。地元に知り合いがいなければ泊まらせてもらう仲間を見つけることは不可能なので、そうした留学代理店を通す人は多いようですね。しかし私は多くの人とは違い、レアなケースでした。友達経由で知り合ったのです。

最初のきっかけは2011年のある出来事にさかのぼります。それは誰もが知る東日本大震災です。私は当時高校生で地震が起こった時には九州に修学旅行に行っていました。そして観光バスの中で地震が起こったことを知ったのです。

その時にはテレビで恐ろしい津波の映像を見て自分も何かしたいと思いましたが翌年に大学受験を控えていたのでそちらを優先しなければならなく現地で貢献をすることは叶いませんでした。そして翌年私は無事大学に入学をし、その夏休みに東北の宮城県石巻市に行くことが出来ました。

最初はNGOに所属してボランティアをしていたのですが2回目からは自ら組織を作り長期休み毎に石巻市までバスで向かいボランティアをしていました。そしてその時に出会ったのが、現在お世話になっているホストファミリーの友人でした。

彼は協会の宣教師で、協会に所属している学生とフィリピンに宣教旅行に行くと言っていました。私自身はクリスチャンではないのですが「航空券だけ買えばあとは無料でいける」という言葉に飛びついて(笑)、急遽フィリピンに行くことになったのです。全工程は1週間で私はその家族のお世話になりながらフィリピンでの宣教旅行を楽しみました。

少数民族の村に行って奉仕活動をしたり日本のソーラン節を紹介するというのが内容でした。このソーラン節というのがウケにウケて、フィリピン人は始終「ソーラン!ソーラン!」と言って笑っていました。この時には本当にそのフィリピンの方々によくしてもらい、フィリピン人のホスピタリティを存分に感じた期間でありました。はじめて会った相手なのにも関わらず最初からとてもフレンドリーに話しかけてくれ、いくら感謝してもしきれませんでした。


こうしてボクのフィリピンとの最初の接触は始まったのでした。