TIME before 55

頭良くないし機転も利かない。でも夢の大きさは誰にも負けない。

ボクの趣味は東北支援。

参加ボランティア

ボクは今大学生ですが、長期休み毎に行っているある場所があります。


それは、東北地方・宮城県石巻市です。目的は復興支援活動です。


宮城県東部の沿岸にある石巻市は海に面していることから漁業が盛んです。ホヤやワカメ、ホタテがよく取れる場所で、牡鹿半島の漁師さんはそれを誇りにしています。




震災の翌年の2012年夏に初めてピースボート災害ボランティアセンターのプログラムで石巻市に行きました。

その時には石巻市の鹿妻小学校と牡鹿半島の谷川浜で活動を行いました。

鹿妻小では校庭にたまったヘドロかき作業、谷川浜では漁業支援となりました。炎天下の中厳しいものでしたが、ボランティア活動というものを実感することができました。

その際には1週間の間滞在していたのですが、自分の中ではまだやり切ったという感覚がなく、東京に帰ってからも物足りないように感じていました。

まだ石巻市に対して何かをしたというような気になれなかったのです。

ボランティアに行ったからといってこれで終わらせてはいけない。これだけで満足してはいけない。そういうような気がしたのです。

その年の冬は行きませんでしたが、翌年の春には行くことになりました。

きっかけは小さなことでした。


夏にお世話になった漁師さんから連絡を頂いたのです。


ていねいな文章に「また来てください」と書かれたメールに心を動かされ、背中を押されるように「今行かなくていつ行くんだ?」と思い発ち、2ヶ月後には現地に単独で向かいました。

こうして2013年の春、私はひとりで石巻に入り、その漁師さんの元で作業を行うことになりました。ド素人ですから仕事量は何分の一にもなり漁師さんにとっては助けにもならない程度の量かもしれませんが、お手伝いをしました。

漁師さんはボクを温かく受け入れて下さり、色々な話を伺いました。

昔そこにはたくさんの家があって、家にはシャチホコがあった(!)こと、津波で全てが流され自分の弟子たちも故郷に帰って独り身であること。


そして何よりも衝撃的だったのが「震災は何年経っても変わらねえんだ」という言葉でした。


テレビでは3月11日を迎えるたびに「あれから2年です」のように言いますが、被災者の方々にとっては何年経とうとも震災は震災の記憶として残り続けるのです。


そうした話をきいたボクは自らの手で支援団体を立ちあげ、多くの若い世代に被災地の現実を知ってもらう活動を始めることにしました。それが現在の石巻応援団『おしか』です。

今では仮設住宅への支援、漁業支援を行い、多くの喜びの声を頂いています。今後共、多くの若い世代が東北の震災について知り、関心を持って頂けるように活動をしていきたいと思っています。

2014年3月には再び現地に向かい、支援活動を展開いたします。

3月9日から26日までの間、参加日数は自由です。参加費は頂いておりません。宿泊場所は漁師さんの仮設住宅になります。

応募・お問い合わせはこちらからどうぞ >> http://ishinomakioshika.wix.com/home#!get_involved/c8k2


191039749_org