元マニラ住人の青年のブログ

頭良くないし機転も利かない。でも夢の大きさは誰にも負けない。

乙武洋匡さん「教育現場は学校、家庭環境は政治に」 #都知事選

Huffington Postに乙武洋匡さんの記事なぜ都知事選から、子どもたちの姿が見えないのか? | 乙武洋匡が掲載され、都知事選に教育の視点が見えてこないという指摘が書かれていた。そのとおりだ。

政治に教育の話題が上りにくい理由として乙武洋匡さんは「戦前の反省から、戦後は政治と教育の分離が図られてきた」と分析しており、政治に教区改革の言及が少ないことを嘆いている。

いくら子どもの教育に学校の協力が不可欠だとはいえ、教員が家庭に踏み込むのは行き過ぎかもしれない。そこで重要なのが政治の存在だと乙武洋匡さんは主張する。

たとえば、政治にどんなことができるのか。日本でも、深刻な格差が広がっている。とくに、貧困家庭で育つ子どもの学力向上は大きな課題だ。年収1500万円以上の家庭で育った子どもと、年収200万円未満の家庭で育った子どもでは、同じテストを受けても正答率が20%近く異なるというデータがある。つまり、貧困家庭に育ったことで、子どもたちは将来の選択肢を大いに狭められてしまっているという現状があるのだ。いつまでも負の連鎖を断ち切ることができない社会を、私は望まない。

家庭環境、つまり生まれた時から人生が決められている。

これは途上国に限ったことではない。そう、先進国・日本でもそれは言えることだったのだ。

そこを助けて子どもの教育レベルのボトムアップを図るのが政治の役割なのではないだろうか。

いくら有能な教員であっても、子どもの勉学に対する姿勢を変えるには家庭からの応援が不可欠だ。ではもしその家庭環境が手のつけようのない状況だったら?そこはもう教員の役割ではない。

政治の出番だ。

しかしそこの役割を担いきれていないのが現代の民主主義のあり方だ。そう乙武洋匡さんは主張したいのだろう。

国を変えるには政治家のちからが不可欠だ。しかし将来を支えるのは誰なのか。他でもない子どもたちだ。