元マニラ住人の青年のブログ

頭良くないし機転も利かない。でも夢の大きさは誰にも負けない。

人との出会い

人との出会いは本当に凄いと思います。最近は特にそれを感じます。

ある人との出会いが新たな出会いを生み、それがまたその人との化学反応を生む。それが連鎖していくともの凄く大きな夢ができてきて面白いんですね。

先日イベントを開催しようと思ってFacebookで呼びかけたのですが、割とマニアックな分野であったのであまり反応はないかと思っていたら、意外な知人が興味を持ってくれたり、知り合いにそこの分野に詳しい人がいるからと教えてくれたり。

人との縁には計り知れないものがありますね。当たり前ですけど、人って平面的なものじゃないんです。いろいろな事を考え、人と話題を共有する。そこに周りの人がcommitすれば、新たなものが出来上がって行く。僕はそういうのが大好きなんですね。

だからひたすらに人に会いたいと思うし、彼ら彼女らから刺激を受けたい。できるのならば刺激を与えたい。

すごいことにインターネットが発達した現代では人との出会いを容易に設定することが可能です。声をかければオフ会に誰もが集まってくる時代。

でも皮肉な事に、インターネットに閉じこもって現実社会から背を向けてしまう人がいます。そしてそれを一方的に非難する人もいる。そんなやり取りを見ているとうんざりします。

悪いのはインターネットでもなく閉じこもってしまう人々じゃない。社会の見守る目が少なくなってきたからじゃないのか? 新自由主義的に物事を考える癖がついて、自分と相容れない人を排斥する社会構造になってしまっているのではないか? これは誇張ではなく、現実に起こっている事だと思います。

実感なき社会の変化が到来しているのです。カエルは変温動物ですから、水にいれて次第に沸騰させても体温の変化には気がつきません。しかし水が沸騰し熱湯になった時にはカエルが身の危険を察することができずに、茹で上がっているのです。

このような状態に現代の日本がなっているとしたら、これは恐ろしいとしか言う他ありません。ではこの状態を変えるためにどうすればいいのか?

そのヒントこそ、「人との出会い」にあると僕は考えています。人と出会い、お互いの偏見を無くしていく。そうして壁を低くしていくことで、相手の全身を見る事ができ、どういった根拠で背景でそういった結論に至ったのかが見えてくるのです。

そうなれば相手の行動を深く理解できるようになり、むやみやたらに相手を非難することができなくなります。これが連鎖することで、社会が少しずつ明るい方向に進んで行くのではないかと思います。