元マニラ住人の青年のブログ

頭良くないし機転も利かない。でも夢の大きさは誰にも負けない。

原発問題を再考してみる(1) ~「再稼動反対」だけでいいの?~ #原発

flood compensator - where the nuclear fision takes place

2011年3月11日に起こった東日本大震災をきっかけとして発生した福島第一原発の事故を受けて注目されたのが、電源三法交付金。これは日本の各地にできるだけ多くの原発を建設するためにできた法律で、原発の建設を認めた自治体にお金の援助をするというもの。

原発は一度事故が起これば多くの放射線を周囲にばら撒く恐れがあるため、基本的に自治体は原発を設置したがらない。しかし、都市への人口流出などにより労働力が減り、それに伴い企業が撤退し、財政が立ち行かなくなってしまうあるいはそれに近い状態になる自治体が多くある。

国はそこ所に目をつけ、お金と引換えに原発の設置を求めていたのだ。原発が建設されれば、作業員として多くの労働需要が発生し、地元民の収入源が確保される。さらに交付金が下りてくるから街全体が潤い、活性化される。そうなれば再び街に企業が戻り、以前の姿を取り戻すというわけだ。事故後、これに対しては「弱者を食う構造」として多くの批判が広がった。

もう一歩話を進めてみよう。もし国のエネルギー政策の転換によって原発廃炉が決定し、電力会社が撤退したらどうなるか。従業員は解雇され、路頭に迷うことになる。街は元気をなくし、寂れていく。これが現実だ。

しかし、脱原発派はそこに注目しない。ひたすら放射能から命を守ることのみに執着し、柔軟な思考ができていない。確かに、廃炉によって事故の際に広がる放射能汚染から命を守ることはできるだろうが、地元民の雇用はどうなるのか。

そこまでを考えず、目先のことしか考えられていない。最初から最後まで論理的に優越性が裏付けられてこそ、脱原発の主張というものは出来上がるのではないだろうか。

あともう一つ、推進派がひたすら問題にする火力発電・自然エネルギーのコストについてについて考えたい。現在日本で一番依存度が高いのは火力発電だ。原発を再稼働せず、火力発電所を更に建設し稼働すれば、石油の輸入コストは増し、日本経済が立ち行かなくなると言われている。

さらに、電力料金が高くなり続ければ、日本の産業はどれだけやられてしまうのか。また自然エネルギーに関しては、今の技術水準で自然エネルギーでの発電を増やせば、莫大な投資が必要になるとされている。

もちろん彼らの指摘は現実的だし、間違ってはいないだろう。しかし、石油の輸入を抑えるために新たな技術を開発したり、天然資源を追い求めようとする考えはないのか。現在は日本近海に多く眠っているとされるシェールガスメタンハイドレートが大いに注目されているが、そういった新しいものに対して大いに議論しようとする土壌を生み出せないのか。そこが大いに疑問だ。

確かにシェールガスは採掘する際に化学物質を使用するため海洋汚染をする点や断層から採掘するため地震を誘発するとの指摘もある。そういったことすら堂々と議論されていない現状をどうにかすることはできないのか。そういった将来のことまで考えて行かないと、推進派の主張は骨抜きなものになっていく。