TIME before 55

頭良くないし機転も利かない。でも夢の大きさは誰にも負けない。

定点観測のススメ

Mos Burger

新宿のモスバーガーでこの記事を書いているのですが、定位置で人の入れ替わりを見ていると色々な人が様々な人がいます。本を読んでいるひと、恋人とおしゃべりを楽しむ人、そして携帯電話を操作するひと。

日常的に他人が何をしているか「観察」するなんていうことはなかなかありませんから、こうして人の移動・行動を見るのもたまにはいいものです。このようにしていると、人というものはひとつの瞬間で何を得、何を失っているのか次第にわかってきます。

分かりやすく説明しましょう。


人間が椅子に座ってできることは上記のことだけでなく沢山あります。受験生であれば勉強するでしょうし、休憩中の会社員であればホッと一息つくこともあるでしょう。

人間が一度にできる行動なんていうのは限られていますから、それらの行動全てをひとりの人間が一度に行うことは不可能です。しかしながら選択肢というのは沢山あるわけで、そういったことを考えると「自分は今本当に必要なことをしているのか」と考えてしまうわけです。

この原稿を書くという行動もそうです。果たして今ブログを書いていて正解なのか? 書き掛けのエッセイも完成させなければならない。語学だって勉強しなければならない。人間というのはやらなければらなないことが皆無な瞬間というのはないので、何か常にやらねばならない事(これを仕事と呼ぶ人もいます)を抱えているわけです。

自分はこの瞬間の時間を犠牲にして何かひとつのことをする。思いつきで始めようが必要に迫られてやろうが、いずれにしても別のことを犠牲にしているわけです。確かに複数のことを同時並行でやるような器用なひともいますが、私はできませんしやったとしても疎かになるだけで効率が悪いのです。

そのように考えていると、自分は他のことをしないでひとつのことをしているという、ある意味での切迫感に駆られながら行動をすることにもなります。意識して切迫感を抱いている人はわずかでしょうが、無意識のうちに多くの人がそういったことは考えているものです。

ですから、他人が何をしているのかを見ていると、自分も今の瞬間それをできているのかもしれない。果たして今これをしていて正解なのか?という疑問に到達するわけです。そうしてくると自分の行きている一瞬一瞬がとても哲学的な色合いを帯びてくるのがわかります。これがまた面白いのです。

だから何かを得られるというわけではありませんが、そのように考えると自分のひとつひとつの行動に意味・無意味が見いだせるようで、「生きる」とは何なのかを考えさせられるのです。時間を使うとは、ひとつの作業に熱中するとはどういうことなのか。何を自分にもたらすのか。とても面白い思考作業なわけです。

そこで私は他人を定点観測することで、自分を鏡に写して検証することができるのです。これは行動の意義を見出すためには良いやり方なのでオススメです。