元マニラ住人の青年のブログ

頭良くないし機転も利かない。でも夢の大きさは誰にも負けない。

宮城県石巻市 支援の無い浜は今

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3月19日から25日までの間、宮城県石巻市の漁師さんの元に漁業支援に行って来ました。具体的には鮫浦湾の名産品であるホヤの養殖の仕掛けを作る作業です。

「殻子差し」といわれるこの作業は、ホヤ養殖に必要な「種ボヤ」を育てるための「家」をつくるもので、牡蠣の殻に直径1cm程の穴を開け、そこに紐を通し数珠つなぎにしていくものです。一見単純なように見えて、それを永遠に繰り返すとなると根気のいる作業で、寒い冬やとてつもなく暑い夏に至っては易しい作業とはいえません。

以前は団体でこの石巻市谷川浜に入ったのですが、今回は単独で入ることになりました。そのため漁師さんのお話をよく聴くことができたのですが、語られたのは支援が入らなくなった谷川浜の厳しい現実でした。

去年までは大きな団体が支援に入っていたこの浜ですが、今年からは入らなくなって人通りも少なくなり、そうでなくても建物が皆流されて寂しい谷川浜がますます静かになってしまったということです。

途中漁師さんは一時的に作業場を離れなければいけなくなり1人で作業をしていた時間があったのですが、確かに遠くから聞こえる瓦礫処理の音以外何も聞こえない作業場に1人でずっといるのは、精神的に追い詰められると思います。増して震災前は目の前にあった自分の家が今はなく、それを時折思い出してしまうというのですから、それは尚更のことでしょう。

しかも海岸近くの向こう側には瓦礫の山があり、毎日瓦礫に混ざる有害物質が飛散してきます。その中には人体に影響をもたらす石綿(アスベスト)も多く含まれているでしょう。そこでその漁師さんは、それまで屋外で行なっていた作業を屋内で行い有害物質の吸引を防げるようにテントを張ってその中で作業をすることに決めました。

しかしそこでも課題が待ち受けていました。津波によって付近の地盤が弱まっていたのです。このテント、テントと一口にはいっても9m四方近くある大きなもので、そう簡単に移動できるものではありません。しかも費用は40万円かかり、一度置いてから立地が悪いから捨てよう、というわけにもいかないのです。

このように漁業を再開しても2度も3度も障壁に阻まれ、震災前のように自由に仕事が出来る状況にはないのです。このような場所が他の被災地には多くあることでしょう。しかしマスメディアは「再開」の部分のみを取り上げるばかりで、その後の何百倍もの苦労のことは取り扱わず、現地は苦境にあえいでいるのです。

明るい面だけでなく本当の現実を知らせることで全国からボランティアであったり資金が集まるものを、被災地以外の土地を安心させてしまうような報道によって企業・財団による資金援助の引き上げ、それによる支援団体の撤退を促進してしまっているのです。


▼先日立ち上げた谷川浜支援のためのプロジェクト『谷川急便』。応援よろしくお願いします!