元マニラ住人の青年のブログ

頭良くないし機転も利かない。でも夢の大きさは誰にも負けない。

新たな時代の到来

Metropolis

政府からの圧力を恐れて本当の事実を報道しようとしないマスコミ。彼らが「マスゴミ」と言われる所以はそこにあります。

例えば、中国のチベットウイグル・モンゴルへの民族差別的暴虐行為。
経済開発を理由に彼らの住居を次々に強制退去させ、次々に耐震構造もろくに整っていないアパートを建造します。
あるいは、共産党政府へ不利な発言をしたとして「反乱分子」を牢屋へ閉じ込めたり、常時自宅周辺で監視したりします。

少数民族ではなく漢族であっても地方政府による住民へのいやがらせはあります。北京政府へ直訴に行った住民を現地で拘束し地方に連れて帰り、罰則・懲役を課したり、晒し者にして見せしめにすることも珍しくはありません。

横暴は北京オリンピックの際にも見られる行為でした。北京の旧市街の古いのどかな風景が広がる場所を、海外メディアに見栄を張るためだけに破壊し、雑なフェンスで覆い開発を勧めました。反対し根強く居座る方までいました。

報道こそされませんが、彼らのうち反対行動を起こして逮捕されたケースは少なくありません。地方ではよくあることで、開発を理由に住宅の立退き令に抗議した人々は業者から悲惨ないじめにあったり、共産党幹部に目をつけられ、公安によって冤罪で逮捕されます。

メディアの自主検閲の例として以上のように中国の問題を取り上げましたが、マスコミが隠しているものはこれだけではなく、もちろんこれらは氷山の一角に過ぎません。

戦後の農地改革・労働の民主化財閥解体は教科書で習ったようにアメリカ・GHQの指令によって行われたものですが、彼らが行ったものがこれだけではないことは、少し「深追い」している方なら知っているかも知れません。

それは「War Guilt Information Program / 戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画」と呼ばれるもので、俗称として「日本人愚民化政策」とも呼ばれています。これは文字通り、戦後アメリカが敗戦国日本をいかに弱い国に仕立て上げるか、それまでの日本人の精神構造を破壊するために練られた作戦計画です。

この代表的な物は「3S政策」と呼ばれるもので、「Sport」「Screen(映画)」「Sex」を日本に根づかせ、伝統的な日本の価値観を壊そう、というもの。

スポーツ産業を豊かにし、映画を普及させ、性風俗を解放・・・現代日本はまさにGHQの思うがままに時代が動いていることがよくご理解いただけたと思います。
もちろんこれらが広まったのは全てがGHQのせいではありません。一部の利益集団暴力団、利己主義者らによってこれらが推し進められたのは紛れもない事実ですが、その種を撒いたのはGHQと考えて間違いはないでしょう。

いかに戦後の日本がGHQの青写真のままに動いたかがよくわかります。アメリカはほぼ思い通りに日本を動かすことができた、と言えるでしょう。ただし、安保闘争を除いては。

60,70年代の学園紛争を発端とする日米関係への国民の怒りは、日米新安保への調印の話題が出るやいなや、頂点に達しました。
ジーンズを履きながら「米帝」への怒りの声に共鳴した若者は次々に通りに繰り出し、最後は国会の「2万人取り囲み」にまで発展します。

ヒッピー、ベトナム戦争ケネディ暗殺・・・。様々なことが相次いで起きた時代ではありましたが、日本人の政治意識が高かったと言われる所以はそこにあります。

ただ通りに繰り出してヘルメットを被ってゲバ棒で武装していただけでなく、彼らにはそれなりのポリシーがあったのでしょう。「日本をアメリカの思い通りにはさせない」という信念が。

現代日本ではデモというのは本当に意識の高い人だけがやるものに形を変えてしまい、「自己表現」の手段として多く見かけるのは記念日以外にはあまり多くあるとは言えません。
これに対して賛否両論は多く出ると思いますが、ここでは重きをおく話題ではないのでこのまま通過させていただきます。

ゲバ棒を持つ=政治意識が高い という図式はあまりにも浅はかな考え方ではあります。しかし、当時の若者には「機動隊に捕まってでも自分たちの主張を押し通してみせるんだ!」という、それなりの覚悟があったようです。

「皆でやれば怖くない」の意識が無かったといえば嘘になるのかも知れませんが、集団で連帯して意思を政府に伝える、外に広げていくということが活発に行われていた時代だと思います。

しかし、現代各個人が携帯電話を持ち、インターネットに触れるという誰もが情報発信可能な状態に置かれながら、手段を持て余しているような気がしてなりません。
以前のように自分の考えを世間に伝えるために本の原稿を各必要はありませんし、評論家になるために顔を売る必要はなくなりました。

自分の意見を世論に反映させていくハードルが低くなった分、現代人は「こだわり」をなくしてしまったのかもしれません。その結果、コンテンツのクオリティが低くなり、多様な意見が現れるどころか、少数の意見に人々の見解が集約されてしまう結果になりました。

例えば、3・11後の原発に関する意見が推進派・反対派に二分されてしまい、放射能の影響に関する意見とは別個に考えるような議論がなされず、複雑化しすぎてしまっている状況や、大阪を中心に広まる「ハシズム」運動が代表的なものと言えるでしょう。

今やFacebookでプロフィールを公開し、Twitterで140文字の思いを書き、Ustreamで自宅から映像配信をすることはネットユーザーのスタンダードになりつつあります。
しかし、ピックアップされているものは無視したとしても、自分の政治意識・見解を表に出さない人がこれだけ多いのはなぜでしょう。

まさに「Follow(従う)」しているだけで、受身になっている現状が背景にはあります。これではインターネット登場以前の時代となんらかわりがありません。市民が積極的にいつ何時でも意見を発信できる時代にあるのですから、どんどん発信していかなければ、複雑化し続けるグローバル社会で日本が生き抜くことは不可能になっていくでしょう。

ただ積極的に情報発信をしているひとも多く見かけるのは確かです。とはいってもそのなかでも自分のオリジナルを出しているのはさらに少ない。「~によると」が多いんですね。引用しているだけじゃつまらない。そこで現代音楽に通ずる「Remix」「Sampling」が必要になってくるのだと思います。

完全に純粋でなくて他人の意見を混ぜても、完全な「自分オリジナル」はできるのだから、それをやっていかなければインターネットの渦に埋もれてしまうし、市民ジャーナリズムの時代に生きている意味がないのではないかと思います。

一番大事なのは世界に眼を向けることです。地球上の国は日本だけではないのですから、世界で起こっていることに関心を持って、日本を変えるにはどうすればいいのか、インターネットという「文明の利器」を使って、世界中から知恵を学ぶことが必要です。

例えば、チュニジアジャスミン革命を筆頭とする「アラブの春」。2011年にTwitterFacebookによる情報の連鎖から始まったこの革命は民衆の独裁政権への怒りを突如として噴出させ、最後には政権崩壊にまで追い込みました。

これは世界の人々を興奮させ、人間の力を感じさせてくれました。非暴力で国を変えることができるのだと、地球上でまだ虐げられ続けている独裁国家の国民たちに夢を持たせてもくれました。

途絶えることのないこの時代の移り変わりの波は今後の歴史にどのような影響を及ぼしていくのでしょうか。この革命は、震災・原発事故に揺れるこの日本にヒントを与えてくれていると思います。
それは「『当たり前』を信じるな」ということです。