元マニラ住人の青年のブログ

頭良くないし機転も利かない。でも夢の大きさは誰にも負けない。

prologue

Bud

皆さん、こんにちは。早いもので、また新しい季節が始まろうとしています。少しずつ寒さが和らぐ中で、世の中は急速に変化しています

昨年の、まさにchaosとも言うべき状況が信じられないほど、被災地から離れた関東はすっかり「日常」に戻りつつあるように肌で感じます。
震災で人々の活動は大きく変わりました。特に政治に対する関心が深まったように感じます。

有権者が見ていなければ、政府はいくらでも好き放題に動く。そして東電と国の馴れ合いの関係にまで発展し、その結末が安全対策への不備となった。
このことを国民は目の当たりにし、今まで政治に関心を抱いていなかった人々も、政府という強大な存在に眼を向けるようになったことでしょう。

そして日本の外へ目を向けると「アラブの春(Arab Spring)」が起こり、チュニジアを発端としてリビア、イラン、イエメン、果ては当時独立直前の南部スーダンにまで影響は及びました。
メディアでは大々的に報道されませんでしたが、イランでは民衆の動きに共鳴し、軍が一時は民衆の側についたこともありました。

FacebookTwitterなどのソーシャルメディアの威力が盛んに強調されましたが、政府に対し勇敢な行動をとったのは紛れも無く現地の市民たちです。
それは「アラブは政府に反動を起こさない」という神話の崩壊をも意味しました。

日本の内外でこれまでのテーゼが崩壊し、「ポストモダン」の時代は終わりを告げたかのようにも感じます。「ポスト・ポストモダン」なのかもしれません。
多くの当たり前だったことが覆される中で、また新たな秩序づくりが行われている時代にもなっています。

民主党自民党との協調路線に切り替えて久しいですが、連立を組む国民新党の亀井氏が大阪の橋下氏と連携を組むことも噂されています。
こうなれば今までの与党民主党の保守協調路線は一気に右にぶれることになるでしょうし、民主党の路線そのものが問われてきます。
もはやアイデンティティを失いつつあると言っても過言ではないでしょう。

民主党に向ける国民の視線は衆院選の結果からは予想できないほど冷たくなりました。「騙された」というのが国民の多くの意見かもしれません。では彼らは本当に騙されたのでしょうか?

かつての自民党政権の無能さに呆れた国民は民主党に投票をしたわけですが、これは小選挙区制のもたらした二大政党制そのものの見せかけだったのかもしれません。

国民の意見をそのまま政党の議席に反映できる比例代表制を導入しているものの、衆議院の総議席数480のうち180、参議院議席数242のうち96しかそれは比例代表では割り当てられていません。
大政党が有利な小選挙区制を大きく採用している衆議院ではどうしても「自民党民主党」という二者択一の選択肢に傾きがちです。議席数がそのまま国民の意見を反映していると思ったら大間違いなわけですね。

そこに便乗したのがテレビを中心とする大手メディアでした。
「古い時代は終わった」かのように煽りたて視聴者の注目を得ようと躍起になり、本来示すべき道筋を失い、国民は盲目的になってしまいました。思考停止です。

もちろん中立な報道をし、偏った印象を情報の受信者に与えないというのがメディアの役割であることは言うまでもありませんが、それを受け入れるかどうかは受信者の責任なのです。
もし仮に、中立な報道をするようにメディアに義務付けるなんていう決まりを作ったら、それは報道規制につながりますから、そんなことはできません。表現の自由の侵害になってしまいますから。

よって、責任は判断をする国民にあります。投票という形で政治に意思を反映させていく国民に全てが委ねられているわけです。
こんなことは義務教育レベルで学校で習うことができることですが、これを自覚している人が少ないように感じてならない。それへの警鐘を鳴らす意味も含めてこれを書いているわけです。

日本は金融恐慌の煽りを受け、政治不安が深まり、それに便乗して支持を得ようと企む政治家も多くいます。そしてそれを支えるメディア。何を頼りにすれば良いのでしょう?それはあなたの意思です。